プロレス身体論~悩み多き膝4
- 2014年01月26日 |
- その他, プロレス身体論改正版 |
半月板損傷や靱帯損傷などを経て酷使され続けた膝にやがて訪れるもの。それは変形性膝関節症というありがたくないものである。
半月板や靱帯に膝関節を安定させる働きがあることはお分かりいただけているであろう。その安定装置が機能しなくなったとき、関節面は正しい軌道を描かなくなる。その時、関節面には何が起こるのであろうか?
関節面の骨端部(骨のはじっこ)は軟骨で覆われている。軟骨は適度な弾力性があり、衝撃を吸収する役目を持つ。しかし軟骨はたての衝撃には強いが、こするような剪断力(せんだんりょく)には弱いという特徴がある。半月板損傷や靱帯損傷でぐらつくようになった関節面には、この剪断力が加わり軟骨が削られていく。軟骨が削られてデコボコになった関節面は、衝撃の吸収力が弱まり、不安定性を増し、益々強い衝撃と剪断力が加わることとなる。こうして関節は不安定への連鎖反応を起こしていく。
ここで膝関節に、このぐらつきをとめようとする生体反応が起こる。簡単な話だ。不安定になった関節面の面積を広くすることによって、関節を支えてしまおうというのだ。そして関節面の両端の骨が横に出っ張ってきて、骨提というのが出来る。
また不安定さは靱帯付着部に刺激をもたらし、硬い骨に変えようとする骨化というものを起こす。これが関節に出来る棘のようなもの、骨棘である。この骨提や骨棘が出来てくると関節は一目で分るくらいに太く大きくなる。そのため今度は関節の可動域が狭くなり、伸ばしきれない、曲げきれないといった症状が出てくる。さらに炎症と、軟骨が削られ剥き出しになった骨が痛みをもたらす。この痛みが筋肉を硬くし、ますます関節の可動域は悪くなる。これが変形性膝関節症になる物語である。
変形性膝関節症と聞いて、まっさきに頭に思い浮かぶレスラーは武藤敬司選手である。武藤選手の膝は変形し膝が伸びなくなってしまい曲がったまま固まっている。当然無理に伸ばすと痛いし膝を痛める。しかしリング上には常に膝を伸ばそうとする危険が振りまかれている。そのため膝関節をある角度以上に伸ばさないようにするためのテーピングが欠かせない。リング上での武藤選手の膝が常に曲がっているのにはそんな理由がある。このテーピング法は歴代のトレーナーに受け継がれている独自の巻き方であるが、巻き始めた十数年前と今を比べると、曲げる角度も大きくなり巻く量も3倍くらいに増えている。それはすなわち膝関節の変形が進行していることを意味する。
スポーツ選手における変形性膝関節症は、昔の手術法による半月板の切除や、放っておかれた前十字靱帯断裂の影響によることが多い。若い頃に半月板を全摘出した武藤選手は、そのことがまさかここまでの影響を与えるとは思いもしなかったであろう。経度ではあるが変形の出てきている選手は他にも多い。前十字靱帯を断裂している棚橋弘至選手にも変形が除々にみられてきている。
一般の方では、変形性膝関節症は高齢の女性にみられることが多い。男性に比べ靱帯の支持力が弱いためと、筋力が弱いために膝関節が安定しないからである。予防のためには、歳と共に筋力が衰えないよう、しっかりと膝まわりの筋力を鍛える必要がある。特に膝を伸ばしたときに力を入れると盛り上がる内側の部分、内側広筋という筋肉を重点的に鍛えるのが効果的である。一度変形した骨を元に戻すことは出来ない。変形の防止には予防が何よりも大事になるのである。
膝関節という複雑かつ精密な構造を理解いただけたであろうか。半月板損傷や靱帯損傷という一瞬のキズから始まる膝関節の長い物語。その物語にすでに乗った者、これから乗ろうとする者。物語の主人公はかくも多く存在する。