自由な肩関節
- 2014年05月31日 |
- プロレス身体論改正版 |
人間の関節で肩ほど広範囲に動かせる関節はない。二足歩行という進化は、人類の上肢に自由というかけがえのないものを与えたのだ。肩関節がここまで自由に動かなければ、プロレスの技も至極つまらなかったに違いない。ドラゴンスープレックスホールドやウエスタンラリアットといった美しい技の数々を目にすることは出来なかったであろう。そもそもプロレスという競技がこの世に誕生していなかったかもしれない。
肩関節は球関節であり、肩甲骨側の小さく浅い溝と、上腕骨の大きい骨頭からなる。その分可動域は広くなるが、関節の安定度は弱く、腕が筋、腱、靱帯によって釣られた形となっている。上腕骨を肩甲骨につなぎ止めているのが、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋腱からなる回旋腱板(ローテーターカフ)である。この回旋腱板は上腕骨頭をしっかりと肩甲骨に適合させる役割を持つ。上腕骨が肩甲骨にしっかりと固定されないと、その外側にある大きな筋肉、三角筋、広背筋、大胸筋などが力を発揮することはできない。腕を挙げるという動作一つとってみても、回旋腱板の適合作用がうまく発揮されなければ、骨頭が関節上部にぶつかってしまいうまく挙げることができないのだ。
この回旋腱板はスポーツで障害の多い部分でもある。肩関節を決める関節技の多くもこの部分を負傷させる。特に棘上筋が損傷されやすく、完全断裂がみられることもある。その場合、肩関節の挙上は酷く障害されるのだが、橋本真也さん、ブラックキャットさんなどは、そのままの状態で何年も闘いを続けていた。
安定性の弱い肩関節は関節面にずれを起こしやすく、脱臼を起こしやすい。脱臼とは、関節を包む関節包から完全に関節面が飛び出してしまうものであり、関節の面と面の連続性が絶たれてしまう。この完全脱臼と、選手のよく使う「はずれた」という表現とは区別して考えなければならない。それらは関節面の一時的なずれであり、脱臼までは至っていない場合が多いからである。ときに一部整体などでもそのような混同した表現がみられるので注意が必要である。
脱臼が起きた場合、早急に関節を元の位置に戻し(整復)、固定しなければならない。そして肩関節を支える回旋腱板のトレーニングをしっかりと行う必要がある。とくに肩関節脱臼では、一度脱臼の通り道が出来てしまうと、次回からは弱い力でも脱臼するようになってしまう。これが習慣性脱臼である。過去では金本選手が脱臼を起こした1週間後のタイトルマッチに出場したところ、開始早々再脱臼を起こしてしまった。試合中に肩関節脱臼を起こし、その場で整復し試合を続行させたケースとしては、スーパージュニアの決勝戦飯伏幸太選手。そして今回2014スーパージュニアのアレックス・コズロフ選手。整復処置し試合続行したが、試合中に再脱臼してしまった。
習慣性脱臼になってしまった場合、ほとんどは手術によって関節の通り道を塞がなくてはならなくなってしまう。たかみちのく、ドラゴンキッド、金本浩二、橋本真也、田中将人など多くのレスラーがこの手術を受けている。飯伏選手も早々に復帰し手術に至った。練習生だった頃の後藤洋央紀選手は、高校生の頃の脱臼から習慣性脱臼に陥ってしまったので、一度手術して完治させてから再入門させた。もちろん手術に至らずに済んでいる選手も多くいるのだが。
また脱臼が整復されず放置される場合もある。橋本さんのときは、現場ですぐに整復されず、脱臼状態のままかなりの時間が経過したと聞く。橋本さんの性格からして、その後の習慣性脱臼、手術という流れを避けられたかどうかは分らないが、僕としては現場にいなかったのが悔やまれてならない。
同じく「肩関節脱臼」と表記され、肩関節脱臼としばし混同されるのが、肩鎖関節脱臼である。これは鎖骨と肩甲骨を結ぶ靱帯が切れることによって起こる鎖骨の脱臼である。鎖骨が浮き上がった形となるため見た目ですぐに分る。これは整復をしても、靱帯が切れているためすぐに脱臼状態に戻ってしまう。手術で止める場合も多いが、金本選手、中邑選手などは、浮き上がった状態のまま治して活躍している。
肩関節脱臼。それは自由を与えられた肩関節に付きまとう宿命のようなもの。自由にはいつの世も代償が伴うのだ。