新人オーディションに歴史あり1
- 2013年10月18日 |
- その他 |
先日、新日本プロレスの公開オーディションを行った。私の立場は審査委員長。入門テストの担当を行ってから13年くらいになる。
プロレスの入門希望者の多さは、やはりプロレス人気に左右される。世間での人気が落ちれば入門希望者も減る。かつて何百通と集まった履歴書もプロレス人気の低迷ととも、かなりの少なさになって来ていた。私が入門テストを担当するようになったのは、ちょうどそんな時期であった。
その道を目指す若者が減り、育たなければ、その世界は衰退する。僕は常にそう思っている。どんな時期でも若手は育て続けなくていけない。僕は希望者を集めるための行動に出た。
身長180センチ以上の制限を撤廃し、ジュニア戦士大募集を行った頃。
この時は大勢の入門希望者が集まった。結果として合格したのは中邑選手、後藤選手といった高身長の者であったが。
この後、入門希望者冬の時代に突入。話題つくりをかねて、「ニートよ来たれ」を行ったりもした。
これは産経新聞にもとりあげられた。一部まじめなファンから叩かれもしたが、話題性と、悶々としている若者へ目を向けさせるなど、狙い通りの効果は果たしたと思う。
同時に週間ゴングに、テスト項目と練習法を連載。夢を実現させるための準備、具体案を示した。
ポスター、チラシを作成し、全国の会場、ジムなどにも募集展開をした。
その後も冬の時代は続き、打開策として、身長。体重、スポーツ歴も撤廃 し、週間プロレスとタイアップし、道場門戸解放宣言なども行った。
これは、敷居は下げないが底辺まで開拓しようという試み。通常の何倍もの希望者が集まった。
いかに多くの入門希望者を集めるか?この10数年はそんな試みの連続であった。そして、新日本プロレスはブシロード体制に突入。僕はオーナーに相談を行った。(続く)